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<大船渡市>

古舘さんとお別れをして目指すは<大船渡市>
仕事の都合で遅れて月木部長合流。いざ三人で大船渡へ。
盛岡市からバイパスを通り高速を走っていて、「岩手県、普通の生活できているじゃん」と感じました。 町は通常のように活気ある町でお店も節電営業でしたが、ほとんどが営業しており、外観の一部が破損しているという感じでした。
それが一転、一歩大船渡の海岸沿岸に来てしまうと言葉を失いました。 さっき見た景色とは異なり、町に人がいない。 そして見渡せば辺りは一面ガレキ。
「えっ?何これ」三人同時に発した言葉です。
衝撃的でした、震災直後のテレビで見た光景と同じです。 海水はないものの、ガレキと家の中にあっただろう物が入り混じって、所々にガレキの山積みがありました。 元々の形はなく、私達は以前ここに住宅があったとは思えずただ見渡すばかりでした。 心では「一体何があったの?」と思いました。 震度6の恐ろしさを甘くみていました。 そしてもっと怖いのが津波。 なぜこんなになったのか判断すら出来ませんでした。 私達三人は今回震災を軽視していたのかもしれません。
東北の皆様ごめんなさい...。

車が何十台とペシャンコになって積み上げられて、どれも見るに見られない光景ばかり。 今は自衛隊やボランティアの方々が片付けてくれたおかげで道路にあったガレキや車がまとめて置いてありますが、これが全面に広がっていたのだと思うとゾッとしました。
また今は遺体処理がなされた後だったので、人工的ですが道も整備されて、この写真でも綺麗な方だと現地の方はおっしゃっていました。 ですが私達から見たらこれは綺麗というどころか「全然復興の兆しが見えない!」としか思えませんでした。

下の写真にある細浦魚市場。 海水の匂いが漂う中、時計は津波が起きた2時47分で止まったままだった。 屋根はなく、「細浦魚市場」という看板もエグりとられたかのように無惨でした。 またいつここで市場が再開出来るのかもわからない状態で、寿司屋で務めている私には見たくない光景でした。

大船渡市 大船渡市 細浦魚市場

 

 

 

<大船渡市立末崎小学校へ>

少し高台に登り、末崎小学校へ到着。校庭には仮設住宅が建設され、小学校なのだけれども、住居が存在して複雑な気持ちになりました。 早速、職員室へお伺いし、教頭 宮崎先生と対面。 目的であった義援金をお届けし、子供達の願いと夢をのせた短冊をいただきました。
【明るく思いやりのある子ども・自分で考え、やり抜く子ども・強くたくましい子ども】 を教育目標と掲げる末崎小学校は生徒数約200人の学校です。 今回対応して頂いた宮崎教頭はこちらに赴任されたばかり。 震災後、全国各地世界から支援物資が送られ、生徒さん達はきちんと勉強できていると言う。 ただ震災直後はまだ扇風機もない中、暑さに耐えながら今回の震災で授業等が遅れ、カリキュラムを組み直し、本来終業式であった20日も授業という事で7月末まで延長するということだった。 私達は教頭先生に質問を投げかけた。
「子供達はどうですか?」「生徒さんは無事ですか?」
「子供達が未だに怖がって夜泣きしたり、目が覚めてしまう子供達がいる。」と涙目で話してくれました。 先生方も辛い状況に置かれる中、生徒さん達の心のケアを最優先し、今を一生懸命生きて子供達の笑顔を取り戻そうと頑張っていました。 今回の私達の義援金を少しでも子供達の役に立てられれば幸いです。 早く子供達の笑顔を取り戻したい!私自身そう強く思いました。 末崎小学校の皆様、ありがとうございました。 私達はいつでも応援しています。子供達の笑顔が戻るまで応援致します。 困ったことがありましたらいつでも連絡下さい。

大船渡市立末崎小学校 大船渡市立末崎小学校 大船渡市立末崎小学校

 

 

 

奇跡の一本松

<奇跡的な松の木。一本松の希望の光>

大船渡市を下り陸前高田の高田松原にある一本松を見に車を走らせた。
なぜ松を見に行ったのかというと...
海岸線に約2キロにわたって続く高田松原には約7万本の松の木があり、長く縦に伸びている松が有名な地域です。 そして今回の震災で植物、建物、全てが破壊された中、一本だけ奇跡的に生き残った松があるということで私達はその希望を追い求めた。 高さ30メートルある、これが高田松原の【一本松】。 周りは跡形もなくガレキにまみれて、松の木の回りも海水で覆われているのになぜ、この松だけ生き残ったのか。
不思議でしょうがない。だが、これが本来の木の生命力なのではないだろうか。 家や車が流され、電柱までもがなぎ倒され、全てを見ていたかのように目に留まる立派な松の木である。 ここで何か強い力が湧き出てきたのは確かである。 私たち自身もこの一本松のように強くたくましく生きていくことを誓いました。