板前寿司ロゴ RSSフィード サイトマップ メディア関係者の方へ ご意見箱

気仙沼市立気仙沼小学校

南気仙沼小学校からの被災場所として気仙沼小学校は迎え入れている学校である。
玄関入るとすぐ横には七月七日の七夕の短冊が飾られていた。 そこには子供達らしい願いが書かれていた。

「気仙沼が早く戻りますように」「○○ちゃんとラブラブになりますように」というメッセージが多かった。 この年頃の子供達たちが素直に書いた言葉である。
しかし、職員室を目指し廊下を歩いていると「板前寿司だ!」と私達のポロシャツをみて叫ぶ子ども。 通りすがる時は必ず、「こんにちは」と元気のいい挨拶をしてくれる。 見ず知らずの人に挨拶してくれる。 涙腺がうるっときてしまった。 お伺いした時は丁度、掃除の時間で廊下を走り回る子ども達を横に全国各地・世界から送られてきた気仙沼小学校に対するメッセージを私達は読んでいた。 数多く様々な場所・地域・国から送られており、今日本が一つにならなければいけない事を考えさせられた。 教頭 岩間先生の計らいで短冊を書いてくれた四年生の教室にお邪魔することになりました。 教室前に行くと私を見るなり「先生」と呼ぶ女の子がいました。 名前を伝えていなかったので間違えてしまったのかなと思っていましたが、彼女は私の事を最後まで「先生」と呼びました。 「先生」と呼ばれることに照れてしまった。
元気な姿を見せてくれていても短冊には心の内を素直に書いてくれました。
「家が流されて大変だけど、みんなが支援してくれたので勉強頑張っています。」
「美味しい魚をお腹いっぱい食べたい」
「将来は自衛隊になって人を助けたい」
こんなに辛い事があっても元気に走り回って、頑張っている子ども達がいることを忘れないで下さい。 子ども達がこんなに頑張っているのだから、私達はこの子ども達を救ってあげなければいけない。 そして笑顔にすること、これからも復興支援をずっと続けていくと決めました。 気仙沼小学校の皆様、ありがとうございました。

気仙沼市立気仙沼小学校 気仙沼市立気仙沼小学校 応援の寄せ書き

 

 

 

気仙沼市立階上小学校

気仙沼市を更に南に下り、階上小学校に到着。 児童数284名、階上小学校は内陸部よりの学校だった為、建物が崩壊するという事はなかったが西側の校舎が使えなくなったと話す校長 鈴木先生。 また震災直後は体育館が遺体安置所、そして避難所として使われた。
鈴木校長の自宅も津波で流され、数週間、校長室での寝泊まりを余儀なくされた。 幸いにも学校という場所があったために働く場所もあるが、生徒さんの親は自宅も職も失ったという人もいるので心のケア等をやっていかなければいけないと校長先生はおっしゃいました。
また窓をあけると大量のハエと悪臭で換気することが難しく窓を閉め切ったまま授業を行なうもやはり熱中症や暑さに耐えられない生徒が続出。 冷暖房機も機能せず支援物資で頂いた扇風機が一つだけという環境でした。
今回、震災があり生徒のご両親が心配で迎えに来たり、迎えに来て自宅へ向かう下校途中に津波が襲ってきて、波にのまれてしまったというケースもあったと話して下さいました。 先生達の中で親元に帰すべきなのか、それとも学校に待機させるべきかと苦悩の選択だったと胸の内を話してくれました。 今後このような事が起きない事を祈るばかりだが、もしもの事態を考慮して、今後の課題にしていくとおっしゃっていました。
様々な苦悩を校長先生はじめ、先生方が背負い、けれども子供達の前では正気でいなければいけない、先生だから子ども達のケアをしなければいけない。 プロ意識を見習わなければいけないと感じました。 階上小学校の皆様、ありがとうございました。
私達は車に戻り、社長と部長は仕事の関係で東京に戻ることになりひとまず仙台駅へ。
3日目は一人で行動するのでホテルに着いて翌日の経路を考えこんで夜が過ぎていった。

気仙沼市立階上小学校 気仙沼市立階上小学校