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「平孝酒造 日高見」

石巻駅から徒歩5分程の場所にある、伝統ある酒蔵「日高見酒造」(株式会社平孝酒造)さんを訪問させて頂きました。迎えて下さったのは、平井孝浩社長。2時間半にも渡りお話を頂戴しました。3月11日地震がおさまり、蔵に向かうと「もろみ」で床一面が覆われていたそうです。その中でも15~16本の「もろみ」が残っていただけで、電気も止まり、酒造りに重要な温度管理もできない状況。社長含め全員が「今年の酒は終わりだな」と思われたそうです。蔵の中も拝見させて頂きましたが、屋根は今にも崩れそうな状態、その補修に鉄骨が組まれており、これがないと危険な状態との事、床も綺麗に補修されていましたが、地盤沈下の影響で段差が多く残っていました。また、酒造りの過程で用いる部屋も移転・新築されたりと甚大な被害の爪痕が残っていました。

150年の歴史を持つ日高見酒造 厳重な温度管理の製麹室

【150年の歴史を持つ日高見酒造】

【厳重な温度管理の製麹室】

鉄骨で支えられている天井 補修された床と壁

【鉄骨で支えられている天井】

【補修された床と壁】

震災直後、車のカーナビで情報を得ていたそうです。平井社長様は少し落ち着き余裕が出てきたというのもあるともおっしゃっていましたが、その報道を見ていて、自分達が「はずかしく」思ってきたそうです。この言葉は私には到底理解の出来ない想いがあったのだと思います。そこで「地元の企業が動かなければ地域が駄目になる」と思い、酒蔵に戻ったそうです。社長はそこで奇跡的に震災を真逃れたもろみを絞ろうと決意しました。これが当店でも使用した「日高見・希望の光」です。このネーミングは奇跡的に残った「もろみ」を見て従業員が言った「奇跡だ!希望の光だ!!」の言葉を取ったそうです。ラベルのデザインの元は、日々走っていた自衛隊の車に付いていた復興支援の旗がもの凄く格好良く見えそれを元に作られたそうです。この「希望の光」は東京の店舗での販売をし、即日完売しました。お客様の復興支援への気持ちの表れでした。
その後も、「絶対に負けない」と心に強く刻み、義援金を募ったりと復興への支援を続けていたそうです。心差しで支援をおこなうかたわら、生活は、電気もなく蝋燭で過さなければならない、水を極力使用しないよう洗い物はティッシュで拭かなければならない、トイレは手汲みの水で流さなければならない、寒くて震える日々を過ごしていたそうです。

インフラ関係が復旧してきたのが2週間後、2週間振りのお風呂は、本当に極楽に感じたとおっしゃっていました。しかし普通の生活が出来る様になると、人はどんどんなれていってしまい今までの事を忘れてしまう事、目の前が大変だと見えなかったものが見えてくるようになり、自分達のやっている事が偽善に思えてきたとおっしゃっていました。「復興をする為には、今まで通りやっていく事の方が大切」、過去を引きずるのではなく、前を向いて歩いて行くという事だと感じました。

原料に関しての質問にもお答え頂きました。今放射能等の風評被害の中、地元のお米を使っていくのかという質問です。社長様は「どんな酒を造りたいかで原料も変えている。セオリーでいけば「山田錦」などを使うが、地元の米でどううまく作るかの方が発想も広がる。でも実際は選んでしまうのも現実。しかし、作りたい酒の目的を重視している。」との事、それでも地元の米を使っていきたいというお気持ちの方が強い様に感じました。

また、全国各地から支援を頂き本当に感謝をしています。前に進む為にも、12月に販売予定の「感謝の手紙」というお酒で一度区切りを付けたいとおっしゃっていました。 今蔵の中で作られているお酒が出来るのが12月。

私はこのお言葉に胸を刺される思いがしました。東京の街を見ても今はクリスマス一色。以前より「復興」という言葉を見かけなくなっています。それを当たり前の様に見てきた自分が恥ずかしく思いました。企業として、飲食店として出来る事を続けていく事をあらためて再認識させられました。

休日にも関わらず、お時間を割き、快く迎えて下さいました、平井社長様に本当に感謝しております。本当に紳士的な方でした。酒造りへの想いを直に聞くことができ私達にとっての貴重に時間でした。また、日高見の酒は「日本一魚に合う日高見」「日高見なら魚だっちゃ」というテーマに寿司との相性を追求しているそうです。板前寿司でもお客様にこの事をお伝えする事が出来ればと思います。
今、蔵の中で作られているお酒は12月に消費者に届きます。そのお酒で魚をつまみにして飲むのが、待ち遠しいですね。本当に楽しみです。

平井孝浩社長 12月の出荷が楽しみ

【平井孝浩社長】

【12月の出荷が楽しみ】